“希霜”天外?

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自然(じねん)<2>

どんどん抽象化していきます。
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さて、前の記事で、
「人間とは、哲学・芸術・科学・宗教の4つの視点を持った生き物である。」
と書きましたが、これに基づいて
希霜がテーマにしている“精神的無重力”をこの4つの視点からお話します。

但し、この議論には重大な問題点があります。
それは、このブログで精神的無重力と言っている状態は
厳密な意味で理想的な無重力かどうか、議論されていないということです。
多くの人にとっては、どうでもいいことかもしれませんが。

変な例えですが、食品などで使われている真空パックは
完全に真空になっているわけではなくても
誰も“真空に近いパック”などとは言わず断定的に真空と言っています。
更に変な例えですが、普通に食べるには問題がなくても、
賞味期限切れの状態で食べる場合には真空度の違いが微妙に問題になってくる
・・・かもしれません。イメージとしてはそういう状況です。

その議論不足により今回あたりから若干気になるところが見え隠れしますが、
まだ結論に実用上の影響はないので近似的に話を進めます。

…と注意書きをしておいて、自分の意識のうえでは
精神的無重力状態を大雑把ながら暫定的に次のように記述しています。

 >哲学の視点からは自由と意味づけられ、
 >芸術の視点からは美と意味づけられ、
 >科学の視点からは自然(しぜん)と意味づけられ、
 >宗教の視点からは幸せと意味づけられる世界観である。

まるで3点支持ならぬ4点支持ですが( 視点と支点をかけてみた…^^; )
この4点支持法を用いると、作品の世界観をある程度伝えやすくなります。
1点支持であれば、例えば「この作品は自由を表している」などと言うことになり、
熱気球の例えを引っ張り出して、自由とは…と語らなければならないのですが、
(まあ、熱気球の達人がシンプルに言い表してくれてるので結果的には救われてるけど)
4つの視点を持っていれば、
「自由とは、美しく自然であり幸せを感じることである。」
と簡潔に言い切れます。
厳密で丁寧な説明をしても相手に伝わっていないケースも多く、
特に口頭で解説する場合はダラダラと説明するよりも伝わりやすいですし、
あとは鑑賞者が興味を持てば宿題として持ち帰ってじっくりと考察してくれるはずです。

面白いことに、主語を入れ替えるとだんだんと作者の主張が見えてきます。
「美とは、自由であり自然であり幸せを感じる様子である。」
「自然なものとは、自由で美しく幸せを感じる状態にあるもののことである。」
「幸せとは、自由と美しさを感じ、自然であることだ。」
まあ、ループしているだけで実質的には何も理解は進んでいないのですが
メッセージの全体像がぼんやりと見えてくるのではないでしょうか。

…ともあれ、自由・美・自然・幸せの4つのラインの交点にあるのは、
「その時間において、あるべき状態としてあるべき場所に存在していること」
かなり簡略化していますが、そのような概念です。
感覚的な表現に言い換えると、
「決して無理して作ったものではなく流れに沿っていて、
 物事を自分のために利用することなく物事に逆らうことなく、
 五感すべてを研ぎ澄ましても違和感や重力感のない状態」
です。
この要素を感じるものを現実世界の中から可能な限りノイズを減らして抽出し、
写真として記録したものが Lightful World と名付けた一連の作品です。

さて、ようやく今回のお題「写真“活動”を通して伝えたいもの」に繋がります。
話が二重構造になるので少々ややこしいのですが、ここからが重要です。

まず、本記事の話を踏まえた上で希霜の写真活動ついての意識を簡単にまとめます。
 1.全体像の把握のために、人間の定義付けとしての4つの視点を置く。
 2.4つの視点から自分自身の表現のエネルギー源(精神的無重力)の概念を認識。
 3.その概念を用いて目的(精神的無重力を疑似体験として伝えること)を説明。
 4.目的に合った目標(写真を用いた Recycling of Happiness)に挑戦。
 5.目標に向けた行動として写真展・コラボ展などを開催。
 6.その結果として鑑賞者に提供したいものは、日常が満たされていると感じる生き方。
このように、根本的な経験から鑑賞者との接点まで、
外部からの影響を受けずに途切れることなく当然のものとして流れています。

つまり、写真活動全体を通しても、作品と同じように
 >「決して無理して作ったものではなく流れに沿っていて、
 > 物事を自分のために利用することなく物事に逆らうことなく、
 > 五感すべてを研ぎ澄ましても違和感を感じない状態」
が保たれているということです。
これこそが、前記事の冒頭で述べた Naturality の意味するところであり、
世の中にある言葉に当てはめるなら自然(じねん)になるのかもしれません。
(厳密な議論をしはじめると、この辺りが少々怪しくなってくるんですが…)

この観点から見れば、人の心に響く作品とは次のように説明されると思います。
 「作風と芸術活動全体、もっと言うなら作風と作者の人生そのものが
  同じ概念で捉えられるもの」
そして希霜の場合は、写真活動全体を以って
 「等身大の自分を受け入れながら熱気球のように漂う人生観を通して
  幸せを提供する写真家」
として自他共に認められるのが理想…いえ、認められようとも思いませんが(^^;
そういうところへ風に流されつつ向かっているような気がします…ね。
 
――――――――――――――――――
別館 『希霜さんの大ボケ研究室』
HP 『光と色の協奏曲』
 
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by lightful | 2011-03-24 23:57 | 希霜的写真論

日常をライトフルに綴る写真雑記 HP http://lightfulproject.jp/


by 希霜
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