“希霜”天外?

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第2章へ入る前に<5>

第5部 意識の中心の導出
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ここで元へ戻ります。立花隆さんの3冊の本を選んだ話です。
前述のように、自分について振り返っていたところ、あることに気づきました。
過去記事の文章を推敲しているときに閃いたのです。

>そして、すべての引力が見事に相殺されていた。

無重力状態、これだ…。
花シリーズも夜景シリーズも、従来どおり“色彩”というキーワードで括ることもできるのですが
“無重力”というキーワードの方がしっくり来て、より統合性のある括りであるようにも感じました。

>突如現れた“不思議な空間”に、軽く笑みさえ浮かべたのを覚えている。

このときの、いわば“精神的無重力体験”の要素が作品に表れているのではないかと思ったのです。
あのすべてが自由な空間は、後から振り返ると、たしかに現実のどこよりも居心地が良いものでした。

しかし、無重力は不自由なんじゃないかと考えるのが一般的だと思います。
人によっては不安定で気持ち悪いと想像するようです。
これは最近思ったことなのですが、「自由」に対するイメージが、ちょっと違うのかもしれません。

どんな欲求をも満たせるのが「自由」と捉えるのが一般的なイメージだとすると、
ここで言っているものは、どんな欲にも左右されない「自由」です。
前者が物理的制限から解放された状態だとすると、後者は精神的制限から解放された状態です。
上述したように、死を前提にした精神世界ではそもそも欲が意味を成さないのです。
欲とは未来のためにあるものです。
今ではない次の時間に、より良いものを手に入れていたいという願望です。
しかし、未来が意味を成さない世界では欲もまた意味を成さないということになります。

後者の自由に対する感受性は(誰もが持っていると希霜は信じていますが)非常に弱いものである上に、
それを雲のように分厚く覆っている雑念、社会意識、固定観念などに由来する強いエネルギーの知覚に埋もれ、
基本的には、我々は精神意識の「自由」に対して気づこうとも探そうともしないまま日常生活を送っています。
現実を離れて全てから解放されることで、ようやくそれが単独で機能することができるのだと思います。
その居心地の良さが現実世界ではなかなか見つからないというのも、きっとそういうことなのでしょう。

…ともかく、このように繰り広げた思考と紡ぎ出した言葉からついに、無重力という作品概念を発見しました。
ここで改めて前述の川合先生の実演から得た「何か」と照らし合わせると、
自分の感覚として、「精神的無重力体験」と「何か」が非常に似ているものであることが確信できました。
あのときの川合先生は、そういう意識で振り返ってみると(ご本人は違うと仰るかもしれないけど)
色で“全体の重みを整える”のではなく、色で“引力を相殺”していたように思えるのです。

その実演を思い出しても、それ以降の自分のお気に入りの作品を見直しても
ほぼすべてに無重力感や“天秤の皿がふわりと浮き上がるような感覚”が含まれており、
自分の作品においてかなり重要な要素であることは間違いないと判断しました。
そして、この「無重力」仮説を、もっと深く考察してみたいと思いました。
無重力といえば、真っ先に思いつくのが宇宙です。

「そういえば、宇宙飛行士が月へ行ったりして帰ってくると価値観が大きく変わるというよな…。」

価値観が変わるのも、まさに同じことを経験していました。
生きる選択肢を選んだ後は、ある程度の時間をかけて自己否定がいつしか自己肯定へと変わっていたのです。

2巡目の、欲の無い状態→欲の多い状態。
これは、自己肯定の上に存在しているもので、1巡目とは根本的に違うというのはこの点です。
2巡目では、精神的無重力体験後は、ただ生きているだけ、それでいい…という考えが徐々に生まれ、
そして自分の建て直しがある程度できてきた頃に、より良い状態を作りたいという願望が芽生えてきたのです。
それこそが、写真表現の追求の原動力でした。

話を戻して、宇宙体験について詳しく書かれた本を探そうと Amazon.co.jp で検索してみました。
すると、上に書いたとおり立花隆さんの『宇宙からの帰還』という本に巡り会ったのです。
元々この本の存在はまったく知らず、数ある書籍の中からよくぞ引き当てたものだと我ながら思ったのですが、
希霜の最大の武器である出会い運の良さはそれだけでは終わりませんでした。

“この商品を買った人はこんな商品も買っています”

という画面に目が留まり、そこで出てきたのが、同じく立花隆さんの『臨死体験』(上巻・下巻)でした。
それまで意識して考えたこともなかったのですが、ああこれだ・・・と直感的に思いました。
この本がベストかどうか分からないけど、まあ、何かのご縁だろう・・・と、とりあえず買ってみました。

要は、 Amazon.co.jp の販売戦略に引っ掛かったのでした(^^;

しかしながら結果的には、この3冊は完璧なチョイスでした。
じっくりと時間をかけて、少し読んでは長時間考察し、また読んでは立ち止まる…
そんな作業を繰り返しました。
本を読み進むにつれて、今までの悩みが次々と氷解していきました。
1冊目の『宇宙からの帰還』を読み終わり、2冊目の『臨死体験』(上巻)を途中まで読んで、
眠りにつこうとしていたあるとき、突然、韓国風景シリーズの意味が分かりました。
ついにすべてのシリーズがひとつの概念に統合されたのです。

韓国風景写真そのものには無重力感は現れていないのですが、撮影中の自分はまさに無重力状態でした。
日常の雑念を忘れて、ただ一人さまよい歩いた韓国の季節はずれの海辺。
一切計画を立てずに流れに任せて2週間を過ごした、思いつくままの旅でした。
刺激的でもなく苦痛なわけでもなく、観光地化されたエリア以外はいたって平凡な場所。
しかし日常とは違って自分一人の身であり、
そして、人の会話を聞こうと思えば聞けるが、ぼーっとしていたら話についていけない…という
まことに勝手な、適度な言語的環境。

言うなれば、限定的に精神重力から解放された状況・・・そういうことなのだと理解しました。
なぜソウルではなく“季節はずれの海辺”が居心地良かったのか、このときようやく分かってきたのです。
ずっと越えられなかった壁が、こちらから越えるまでもなく粉々になって崩壊していくように感じました。

そして、新たな発見が続きます。
本の中で次から次へと紹介される臨死体験の例や統計として出てくる事象の非常に多くが、
精神的無重力体験そのもの、あるいはそこで得たもの(事後効果)と一致していることが分かりました。
詳細を知りたい方は本を読んでいただければ一番よく理解できると思うのですが、
手軽なところでは Wikipedia も比較的まとまっているので該当ページを引用します。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%A8%E6%AD%BB%E4%BD%93%E9%A8%93
特に注目すべきは事後効果で、以下の14項目のうち11項目が、希霜の身にも起こっているのです。

(以下、 Wikipedia から引用)
>ケネス・リングの著作 Lessons from the Light(2000)では臨死体験者に起こる変化が
>次のようにまとめられている(レイモンド・ムーディもほぼ同様の報告をしている)。
>1.【人生への評価】
>  何気ない会話、行動、自然など、日々の生活にある《当たり前のもの》を評価するようになる
>2.【自己受容】
>  他者からの評価を気にせずに、ありのままの自分を認められるようになる
>3.【他者への気遣い】
>  他者への思いやりが増大する
>4.【生命への尊敬の念】
>  特に環境問題や生態系への関心が強まる
>5.【反競争主義】
>  社会的な成功のための競争への関心が弱まる
>6.【反物質主義】から【精神性への移行】
>  物質的な報酬への興味は薄れ、臨死体験で起きた精神的変容へ関心が移行する
>7.【知識欲求】
>  精神的な知識への強烈な渇きを覚えるようになる
>8.【目的意識】
>  人生は意味に満ちており、すべての人生には神聖な目的があるという意識が育つ
>9.【死の恐怖の克服】
>  死への恐怖は完全に克服される。死のプロセス自体への恐怖は残る傾向もある
>10.【死後の世界の確信】や【生まれ変わりの存在についての肯定的な信頼】が育つ
>11.【自殺の否定】
>12.【光への信頼】
>13.【自己超越】
>  小さな自己という殻を破り、宇宙全体へと開かれていく心の成長をのぞむ
>14.【サイキック現象】
>  ヒーリング・予知・テレパシー・透視などの体験が数多く起こることが確認されている
(引用ここまで)

具体的には、10、12、14を除く全てが当てはまります。
広義に解釈するなら、12の【光への信頼】もあるといえばあるかもしれません。
感覚的で分かりにくいと思いますが、毎年初日の出撮影を続けているのには、そういう一面もあるのです。
14の【サイキック現象】も、花や夜景の作品の癒し効果(癒されるという評価をよく戴きます)を
ヒーリングとしてカウントするなら、これにもチェックが入ることになります。
まあ、ちょっと意味が違う気もしますが・・・。

このように、臨死体験に準ずるポジティブな視点が希霜の場合にも切り開かれたのですが、
更には、上巻の終わりのほうに載っていた文章にまた驚きました。
エリザベス・キュブラー・ロスという臨死体験研究の先駆者が、体験そのものについて語った言葉です。

(引用)
>・・・臨死体験者が語っているのは、あくまでもヘソの緒つきの状態で、
>生と死の境界領域をさまよった体験なのです。
>では、その向こうに何があるのか。
>恐らく、臨死体験者が語る“光の世界”というのが、その向こうにあるものをかいまみた体験なのでしょう。

死後の世界を信じているという立場を示した上でこのような発言をされているのですが、
ここではその是非を問題として扱うつもりはありません。
今重要なのは、多くの臨死体験者と接してきた人が、
体験者の話を総合的にまとめて表現したイメージが上の4行なのです。

引用文を繰り返すと、臨死体験者が語る“光の世界” …光の世界・・・すなわち、“Lightful World”・・・
第1章の結論に辿り着いた今から約2年半前、HPを立ち上げる際に何か象徴的な言葉が欲しいと勝手に思い、
無意識のうちにライトフルワールドと名付けたその世界観は、偶然にもこれと一致していたのです。

無理やり結び付けてるんじゃないかって意見もあると思うのですが
臨死体験とは「単に光のある世界」というよりは「光り輝く世界」「光に満ちた世界」というイメージのようで
言葉としての近さだけではなく、そこにあるもの・そこで得られるものが、実感としてあまりにも近いのです。
その方面で有名な研究者、ケネス・リングは、立花さんのインタビューのなかで、こう述べています。

(引用)
>臨死体験者が一様にいうことは、その世界の美しさ、素晴らしさは、
>いかに言葉をつくしても表現しきれないということです。

さて、ここで、かなり前に書いた2つのアドバイスを並べてみたらどうでしょう。
 「光があると更に良くなるんじゃないか」(テラウチマサトさん)
 「花を超えた圧倒的なインパクトをもたせるといいのでは」(ニコンのポートフォリオレビュー)
…臨死体験の世界を表現できれば、結果としてこれらを自然と両立することになるのではないでしょうか。

第2章の入り口として希霜の意識はその両立へ向けて動いているのですが、その第一歩として、
 「なぜライトフルワールド…すなわち精神的無重力体験にもとづく世界観は
  ここまで臨死体験に近いものがあるのか…」
まず、これについて考える必要がありそうです。
二つの体験の共通点は、単に死を眼前に見た体験という括りで済ませてしまえるほど低次元の問題ではなく、
その奥に別の本質があるように思うのです。

この疑問に対して、以下のような仮説を立てました。

臨死体験は、生命力の低下により五感が機能しなくなって、外部環境との接点が断ち切られる。
・・・本を読んでいると必ずしもそうとは言い切れないようですが、体験の全体像としてそう捉えます…。
そして希霜の精神的無重力体験は、意識の上で外部環境を断ち切ったものであり、
精神面に限定して見るなら臨死体験に準ずるものなのかもしれません。
かもしれない・・・というよりは、自分の中ではもっと確信度の高いものなのですが
臨死体験は未経験ゆえに実際のところは分からないので、あえて明言は避けておきます。

慎重にならざるを得ないレベルの細かい議論はさておき、この仮説の核心を一行で説明するなら、
「自分と、自分以外の外部環境が分断されることによって、人間は自己の内面を全力で見つめるようになる」
ということです。
他に見るものがなくなれば、否応なしにそれに注目する・・・というのは自然な流れではないでしょうか。
外部環境と未来という時間が何の意味をも成さない世界…と前述しましたが、
こうした共通的状況が体験者の意識を一定のレベルの普遍性を有する精神世界へと導くとすれば、
精神的無重力体験も、臨死体験の本質を含んでいる可能性が高いということになります。

つまり、臨死体験と精神的無重力体験の本質における近似性の仮定は、
「精神的無重力体験を包括的に表現することは間接的に臨死体験の世界観を表現することであり、結果として
 2つのアドバイスの両立、つまり、より高次のライトフルワールドを描くことに等しいのではないか」
という仮説へと変形できるはずです。

この仮説を実証するのが第2章ということなのですが(あまり先入観をもって見られても困るのですが)、
高次のライトフルワールドを作品としてまとめることで鑑賞者には擬似的に精神的無重力体験をしていただき
更に第2章の最終的な目標としては、そのポジティブな事後効果も獲得していただきたいと考えています。
そうすることで、多くの人が、決して一時的ではない深いレベルでの幸せを実感でき
希霜が活動理念に掲げている Recycling of Happiness (※) を高次に実践できるのではないかと思うのです。

(※)
Recycling of Happiness とは、希霜が写真+αの活動をする上で・・・もっと言うと、
人生のすべてにおける活動の基本理念となる言葉なのですが、
 「幸せとは伝播/循環するものであり、自分が幸せと感じていることを人に伝えることで、
  その伝わった幸せが、人と人の交流を通してまた次の人へと順番に伝わり広がっていくこと」
を想い願う気持ちを表したものです。
そしていつか、運良くその幸せが自分のところへ帰って来たらいいなという小さな希望も含んでいます。
 
――――――――――――――――――
別館 『希霜さんの大ボケ研究室』
HP 『光と色の協奏曲』
 
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by lightful | 2011-02-04 06:49 | 希霜的写真論

日常をライトフルに綴る写真雑記 HP http://lightfulproject.jp/


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